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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)6012号 判決 1958年7月30日

原告 伊藤忠石油株式会社

右代表者 森田甚一

右代理人弁護士 栄木忠常

<外二名>

被告 芝商工信用金庫

右代表者 高井新之助

右代理人弁護士 藤枝東治

補助参加人 片倉基治

右訴訟代理人弁護士 河鰭彦治郎

〃 浦田乾道

主文

被告信用金庫は、原告株式会社に対し、五〇〇万円、及びこれに対する、昭和三一年七月二一日から支払ずみに至る迄、年六分一厘の金員の支払をせよ。

訴訟費用は、被告信用金庫の負担とする。

この判決は、原告株式会社に於て執行前被告信用金庫の為、五〇万円、又は当裁判所がこれに相当すると認める有価証券を、担保として供託するときは、仮に執行することができる。

事実

原告株式会社訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決、及び仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求原因として、

一、原告株式会社は石油類販売業を営むものであるが、昭和三一年六月二二日から訴外日亜交易株式会社(以下日亜交易という)と、取引限度を一〇〇万円と定めて石油の取引をしてきたところ、同年七月末頃、日亜交易から更に多量の石油の売却方の申込をうけた。そこで原告株式会社はその頃、訴外片倉基治をして、同人の被告信用金庫に対する別紙債権目録記載の定期預金債権につき、質権を設定し、担保差入証書を交付せしめることとして、右申込を承諾した。そして原告株式会社は、日亜交易に対し、同年七月十四日から同年九月十四日迄の間に、代金合計六、四八六、九〇五円に相当する石油類を売渡し、その最終の弁済期は、同年一一月二五日であつた。

二、原告株式会社は同年七月三〇日、日亜交易から、質権設定の為、被告信用金庫が片倉基治に交付した同人の被告信用金庫に対する、同年同月二一日付本件定期預金証書(証書番号第二〇六四号)、及び同人の原告株式会社に対する担保差入証書の交付をうけ、同月三〇日、被告信用金庫から、右質権設定に対する承諾を得、かつその旨の承認書の交付をうけ、同年八月一日、東京法務局所属公証人牧野勝役場に於て、登簿第一六、三四三号を以て、確定日附を得た。

よつて、原告株式会社は被告信用金庫に対し、右定期預金五〇〇万円、及びこれに対する約定の利率である年六分一厘による右預入の日である昭和三一年七月二一日から、昭和三二年七月二一日迄の利息、翌二二日から支払ずみに至る迄の遅延損害金の支払を求める為、本訴請求に及んだ。被告株式会社の抗弁につき、その主張事実中、片倉基治の質権設定につき、被告信用金庫主張のような附款がつけられていたことを否認する。その他の主張事実は、すべて知らない。

再抗弁として、仮に片倉基治の質権設定が被告信用金庫主張の事由により、無効であるとしても、被告信用金庫は、昭和三一年七月三〇日、右質権設定に承諾を与えたものであるから、恰も債権譲渡に於ける債務者の承諾と等しく、被告信用金庫は善意の原告株式会社に対し、質権設定の無効を主張し得ないと述べ

証拠として、甲第一ないし第九号証、第一〇号証の一、二を提出し、証人中司正、同今井大治の各証言を援用し、乙第四第五号証の各一、二、第七第八号証の各成立を認める、その他の乙号各証の成立は知らないと述べた。

被告信用金庫訴訟代理人は「原告株式会社の請求を棄却する。訴訟費用は原告株式会社の負担とする」との判決を求め、原告株式会社主張の一の事実中、片倉基治が原告株式会社の為その主張のような質権を設定したことを否認する。

その他の事実は知らない。

二の事実中、被告信用金庫が昭和三一年七月二一日、別紙債権目録記載の定期預金債務につき定期預金証書を発行し、これを片倉基治に交付したこと、同年同月三〇日、原告株式会社に質権設定の承認書を交付したことは、いずれも認められるけれども、その他の事実はこれを否認する。

片倉基治が原告株式会社に差入れた担保差入証書は、吹原正剛の名を詐称した、吹原弘宣が偽造したものであつて、片倉基治は担保差入を承諾していない。

抗弁として、仮に片倉基治が、原告株式会社の為に、その主張のような質権を設定したとしても、その設定は、次の事由により無効である。即ち同人は昭和三一年七月二一日当時、被告信用金庫に全然現金の預入がなかつたが、被告信用金庫に、日亜交易が

(一)昭和三一年七月一〇日、同人にあて、振出した、金額四〇〇万円、満期同年一〇月七日、振出地及び支払地、いずれも東京都中央区、支払場所株式会社大和銀行銀座支店なる約束手形一通

(二)同年七月一六日、同人にあてて振出した、金額いずれも三〇〇万円、満期を同年一〇月四日、同年同月一〇日、同年同月同日、同年同月一六日、同年同月同日、その他の手形要件を(一)と同じくする約束手形五通を、被告信用金庫に裏書譲渡し、右約束手形債権(手形金額合計一、九〇〇万円)の内、一、八五〇万円を元金、五〇万円を利息とし、同人が一、八五〇万円を被告信用金庫に定期預金として預入れたこととし、被告信用金庫との間に同年七月二一日、金額を五〇〇万円、満期を昭和三二年七月二一日、利率を年六分一厘とする定期預金契約三口(証書番号第二〇六三号ないし第二〇六五号)、及び金額を三五〇万円、その他の要件を右と同じくする定期預金契約一口(証書番号第二〇六六号)を結び、以上四通の定期預金証書の交付をうけた。しかしながら

(A)本件定期預金契約当時、片倉基治は、被告信用金庫は全然現金を預入れてなかつた。

(B)日亜交易の右約束手形六通は、吹原弘宣が偽造したものであつた。

(C)右約束手形六通の満期は、いずれも昭和三一年一〇月であり、右定期預金契約の成立した同年七月二一日には、日亜交易の手形支払義務は、履行期が到来していなかつた。

(D)片倉基治と被告信用金庫との間には、右質権設定の効力は、日亜交易が振出した前記約束手形六通が、その満期に支払われることを停止条件とするのみならず、同人は質権設定後三年間は、右定期預金の払戻を請求しない、右約束手形金が支払われる迄は、同人は、右定期預金証書及び質権設定証書を他に利用しないという合意が、成立していた。しかるに、片倉基治は右合意に反し、原告株式会社の為に質権を設定したのみならず、日亜交易は、右約束手形六通を全部不渡とした。従つて、右定期預金契約は、無効であり、質権設定は、その効力を発生しなかつたから、原告株式会社の本訴請求は失当である。

原告株式会社の再抗弁については、被告信用金庫が質権設定に、承諾を与えたことは、認めるけれども、その法律上の主張は失当であると述べ

証拠として……(中略)……と述べた。

理由

証人中司正同今井大治同片倉基治の各証言、及び証人中司正の証言によつて、真正に成立したと認める甲第一ないし第三号証(但し甲第三号証中、公証人の認証部分の成立は、争がない)同第五ないし第九号証の各記載によれば、原告株式会社主張の前記一の事実を認めることができる。右認定に反する部分の証人片倉基治の証言は、当裁判所の措信しないところであり、他にこれを覆すに足りる証拠資料はない。

次に、被告信用金庫が、片倉基治に対し、原告株式会社主張の定期預金証書、原告株式会社に対し質権設定の承認書を交付したことは、被告信用金庫の自白したところであり、証人中司正の証言によれば、日亜交易及び片倉基治は、昭和三一年七月三〇日頃、質権設定の為、右定期預金証書を、原告株式会社に交付したことが認められる。

被告信用金庫は、右定期預金証書に表示せられた定期預金契約、及び片倉基治の原告株式会社の為にする質権設定は、無効であると主張するから、この点につき判断する。証人片倉基治の証言、及びその証言によつて真正に成立したと認める乙第一号証の一ないし六の各記載によれば、日亜交易は、片倉基治にあて、被告信用金庫主張のような手形金額合計一、九〇〇万円に達する約束手形六通を振出したこと、それは吹原弘宣が偽造したものではないこと、片倉基治は、右約束手形六通を被告信用金庫に裏書譲渡し、被告信用金庫は、同人から、現金の預入をうけなかつたに拘らず、右手形債権中、一、八五〇万円を引あてに、片倉基治との間に、その主張のような定期預金契約を結び、同人に対し、本件定期預金証書を交付したこと(この点は当事者間に争がない)、しかしながら、日亜交易及び片倉基治としては、右約束手形六通の手形金額を、すべてその満期に支払うことは、困難であつたので、三分の一ないし、四分の一ずつ支払うこととし最低三ヵ年は、その書換を継続することを、被告信用金庫に誓約していたこと、日亜交易は、被告信用金庫から、その満期支払場所に於て、右約束手形六通の支払呈示をうけたが、すべてその支払を拒絶したことが認められる。しかしながら、片倉基治と被告信用金庫との間に質権設定につき、その主張のような停止条件が附せられていたことは、これを認めるに足りる、何等の証拠資料もない。

当裁判所は、片倉基治と被告信用金庫との昭和三一年七月二一日付定期預金契約は、当時片倉基治の現金の預入がなく、日亜交易の振出した右約束手形六通の満期が右契約当時未到来であり、かつ、その約束手形が、すべてその満期に不渡となつても、その預金契約の効力に、消長を来すことはないと考える。被告信用金庫は、右約束手形が不渡になつたとはいえ、日亜交易及び片倉基治に対し、手形法上の請求権を喪失していないのである。従つて被告信用金庫の片倉基治との定期預金契約、及び質権設定は、右の各事由により無効であるという抗弁は、これを採用することができない。大審院第一民事部昭和五年(オ)第二九五五号、昭和六年六月二二日言渡判決(法律新聞三三〇二号一一頁)は、本件に適切でない。

仮に一歩を譲つて、片倉基治の被告信用金庫に対する定期預金契約、及び原告株式会社の為にする質権設定が、その主張の各事由により、無効であるという解釈が成立つとしても、証人中司正の証言及び、前記甲第三号証の記載によれば、原告株式会社は昭和三一年七月三〇日、日亜交易から、被告信用金庫の前記定期預金証書及び片倉基治の原告株式会社に対する担保差入証書の交付をうけ、石田経理課長をして、被告信用金庫に赴かしめ、その専務理事川崎智徳から、片倉基治の原告株式会社に対する右定期預金債権について、質権設定の承諾をうけ、その旨の承認書を得させたこと(この点は被告信用金庫の認めるところである)、かつ同専務理事をして、前記定期預金証書の裏面にある、預金の譲渡又は質入を禁止する旨の不動文字を以て印刷された条項を抹消せしめたこと、原告株式会社は同年八月一日、東京法務局所属公証人牧野勝役場に於て、右承認書に、登簿第一六、三四三号を以て、確定日附を得たことが認められる。

果してそうであるならば、被告信用金庫は、原告株式会社に対し、右質権設定につき承諾を与えたのであるから、被告信用金庫が、片倉基治の質権設定は無効であると主張して、原告株式会社に対抗することは、許されないところといわなければならない(この点につき、昭和九年七月一一日大審院民事第三部判決昭和八年(オ)第二八五八号民集一三巻一八号一五一六頁参照)。原告株式会社は、右定期預金債権を、何等抗弁の伴わない債権として、被告信用金庫に対し、その履行を求めることができるのである。

これを要するに、片倉基治と被告株式会社との本件定期預金契約、片倉基治の原告株式会社の為にする質権設定は、いずれも有効であり、以上の事実に基く原告株式会社の本訴請求は、正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき、同法第一九六条、を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

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